21世紀の情報資産のゆくえ

いま、世の中の情報資産の多くはデジタル機器の中にある。

個人の日記、ニュース、SNSでのつぶやき、

GoogleスプレッドシートやGoogleドライブ上の仕事のデータ。

メールやLINEでの議論や、

YouTubeにアップされた大量の動画。

写真もいまやそのほとんどがデジタルデータだ。

現在我々が日々これでもかと増産し続けている

これらの情報は、

果たして100年後もデータとして存在しているだろうか。

2025年時点で地球上に存在しているデジタルデータを

2125年に閲覧することは可能だろうか?

思うに、仮に読み込めるデバイスがあったとしても、

データ自体がすべて消えてなくなっているのでは?

なぜなら、残そうとするなら必ずコストがかかるから。

コストをかけてまで100年間、残したいと思う人がどれだけいるか。

また、現在のデジタル媒体というものがこの先100年ももつのか

という素朴な疑問もある。

残しておきたいなら、昔の文明のように

石に彫っておくとか

せめて紙に残すとか。

とは言えプリンタのインクはかなり心もとないが・・。

・・・と考えると、

過去に存在していたにも関わらず

記録を残せなかった、もしくは残そうとしたものの

それらの記録が途中で消えてなくなってしまった文明も

あったのでは。