出演情報

安田陽の出演情報はこちらのページにまとめております。

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川端康成と三島由紀夫

今朝、2時間くらいかけて川端康成と三島由紀夫それぞれの生涯をたどってみた。思ったのは、表現というものに対してこのくらいの圧倒的なパワーつまり表現したいという強い気持ちを持ち合わせていなければ、そもそも表現者を目指す資格はないのではないか?ということ。そういう意味では自分はあまりに中途半端というか勘違い野郎すぎて話にもならない。だけどまぁ勘違い野郎も、大成功はせずとも勘違いしたまま自分なりに充実した人生を送れていると感じる二重の勘違いである程度幸せに過ごせている場合もあるのでまぁいいのかと。。

今日からセブンイレブン in 沖縄

今日沖縄にセブンイレブンというコンビニエンスストアがオープンした。。。。。

自分も前を通ったけど、もんのすごい行列。

このスーパーブラック企業、不買運動の対象でしかないと思うのだけど、、???

メメントモリ?

このところ、というより独立して以降ずっと

幸いなことに仕事もコンスタントに頂いており、

非常に忙しくしている。

が、頭をよぎるのは

「人間いつ死ぬかわからない」

こればかりである。

「明日の朝はもうこの世にいないかもしれない」

毎晩寝る前はそのようなことばかり考えている。

これは、余計な心配でもなんでもない。

前にも書いたが、事実、私の周りには50歳前後で

亡くなった友人、もしくは命を落としそうになった友人が

少なからずいる。

だからといって生き方をすぐに改められるわけではないのが

悲しいところだが、

そういう意識は持っておいて悪いものではないと思う。

現状、来年の2月までライブの予定が入っているが、

それまで無事に生きていられたらとりあえずラッキーだ。

無題

香港の状況に比べればまだマシなのかどうなのか。。。

by 講談社。

ちなみに上記への違和感に対する講談社のコメントは以下のとおり(こちらから引用)

このたびの自民党との広告企画につきましては、ViViの読者世代のような若い女性が現代の社会的な関心事について自由な意見を表明する場を提供したいと考えました。政治的な背景や意図はまったくございません。読者の皆様から寄せられておりますご意見は、今後の編集活動に生かしてまいりたいと思います。

「政治的な背景や意図はまったくございません。」
んなわけないだろ。

以前話題となったゆずRADWINPSというグループのプロパガンダJ-POPといい、上記の若い女の子向け雑誌のツイートといい、違和感を覚える関係者はいなかったんだろうか。

違和感を覚えたとしても意見できない空気なんだろうか。

もしくは違和感を覚えたとしても、こどもの学費を考えたら辞めるに辞められない、そんな感じなんだろうか。

プロパガンダJ-POPが話題になったときにも書いた気がするが、今後自民党は我々個々人の身近なところに思いやり予算を投じてくるだろう。その時、いまの生活の安定を選択するのか、生活を犠牲にしてでも人として正しいことを貫くのか、自分たちひとりひとりが試されることになる。

※↑自民党がやってることが正しいと思ってる人は別です。

無題

年金はアテにするな、自助努力して2000万準備しろ、の話。

「引きこもり」というキーワードの周辺で起こった、複数の殺傷事件。

この1ヶ月くらいの間に、いよいよ日本の本当の姿が現れてきた感じがする。

戦後の復興、超経済大国を経て、あまりにも悲しすぎる結末。

結局、どんな国にしたい、という長期ヴィジョンが全くなかったからじゃないのかな。

とりあえず国民の金回りが良くなればそれでいい、くらいしか考えてなかったんじゃないかな、自民党は。

それとも、アメリカにぶら下がってる国にはヴィジョンを持つことも許されなかったのかな。

どっちだろう。

それにしても年金崩壊なんて何十年も前から分かってたことだけど、その間自民党はいったいどういう対策を検討してたんだろうか。

このいままさにぶち壊れ始めている国を、自民党はどうしようと考えているのだろうか。

自殺

「自殺するなら他人を巻き込むな、一人で死ね」と。

なるほど。正論すぎる。当然反論のしようもない。

きのう川崎で起こった殺傷事件もそうだし、

日々起きている鉄道の人身事故もそれにあたるのだろう。

ただ、今回のような事件の話を聞いたときに

冒頭のような感情を持ったことはないな。。

自殺する本人も、無関係な人々を巻き込むことの罪の重さくらい

百も承知だろう。それでもそれを実行してしまうくらい

追い詰められた精神状態とは、いったいどれほどのものなのか。

自分の想像力でイメージすることは到底不可能だが、

日々FacebookやTwitterに興じている人たちにも恐らく無理だろうと思う。

人生100年時代

「人生100年時代」などという言葉は、

単にアベの作戦のひとつに過ぎないわけだが、

この言葉が意外に浸透しているというか、

そのまま鵜呑みにして自らこの言葉を使っている人も多いようだ。

こないだも某国営放送の番組司会者が

なんの疑問も持っていないような感じで

繰り返し使っていたので呆れてしまったのだが、

あれだけ自然に何度も発することができるということは、

何の疑問も持っていないか、もしくは

アベ信者の末端として完璧に振る舞っているかのどちらかだろう。

やはり受信料を払うことは当分なさそうだ。

50

50を過ぎてそろそろ2年が経つ。

このところ、ライブの楽屋などでの親しい仲間との話題は病気や体調に関することばかりである。

実際、ガンが発病したり、脳梗塞になった知人も少なくない。それらが原因で亡くなった友人も何人かいる。

彼らは皆50前後、中には50になっていない人もいる(いた)。

そう考えると自分もそろそろかな、と思う。

自分よりひとつ上の、ガンを乗り越えた友人は「もう、残りの人生好きな事やろうと決めた」と言っていた。

ほんと、自分もいつ死んだっておかしくない。

明日の朝はもうこの世にいないかもしれない。

最近よくそう思う。

そして、やるべきことはいますぐやっておかなければ、とちょっと焦る。

自分がこの人生でやるべきこととはなんなのか?

結局のところ死を意識しないとそのような思考に至らないというのが我ながら情けない。

まぁ、「やりたいこと」と「やるべきこと」はまたちょっと違うはずなので

簡単には見つけられそうにないが、

「やりたいこと」をひとつだけに絞るとすると、

こどもたちが将来たくましく生きていけるよう、彼らに何らかのヒントを提供したい、ということ。

ただしこれは相当ハードルが高いので、無理なくやれる範囲で小さく小さく始めていければそれでいいと思っている。

ただし、それがどれだけ小さくとも、大事なのは継続すること。

継続さえしていれば、おのずと未来が見えてくるだろう。

希望

ものすごく良い写真。

愛子さまの作文「世界の平和を願って」がまたものすごかった。。

この作文を公開した宮内庁もすばらしい。

日本の未来は明るいのかもしれない。。

この写真を見た瞬間、

本当に久しぶりに、というか、初めて? そんな気になれた。

その他の臓器の話

以前、健康診断で”エコー”による検査を受けたときのこと。

医師がエコーの検査装置を私の身体に当ててグリグリしながら

「あれ。。。」とつぶやくのが聞こえた。

その後しばらくの間グリグリしたのち無事に検査は終わったのだが、

聞いてみると、とある臓器の位置が「ふつうの人」とはだいぶ違っていたとのこと。

また、心臓も左側ではなく真ん中にあるらしい。

私は「ふつう」とか「みんな」とか「一般的に」といった言葉に

かなりの違和感を覚えるタイプの人間なのだが、

背景に自分のこんな体験も関係しているのかもしれない。