今日、インタビューの仕事で久高島に行った帰り、謎の船とすれ違った。
デカイ・・・!
肉眼で見るとすごい迫力。
望遠つき一眼レフを持っていたので、荒波の中、なんとか動画に収めて、それを切り抜いたのがこちら。


今日、インタビューの仕事で久高島に行った帰り、謎の船とすれ違った。
デカイ・・・!
肉眼で見るとすごい迫力。
望遠つき一眼レフを持っていたので、荒波の中、なんとか動画に収めて、それを切り抜いたのがこちら。


DTMのお仕事を子どもたちに体験してもらいます。


いま、世の中の情報資産の多くはデジタル機器の中にある。
個人の日記、ニュース、SNSでのつぶやき、
GoogleスプレッドシートやGoogleドライブ上の仕事のデータ。
メールやLINEでの議論や、
YouTubeにアップされた大量の動画。
写真もいまやそのほとんどがデジタルデータだ。
現在我々が日々これでもかと増産し続けている
これらの情報は、
果たして100年後もデータとして存在しているだろうか。
2025年時点で地球上に存在しているデジタルデータを
2125年に閲覧することは可能だろうか?
思うに、仮に読み込めるデバイスがあったとしても、
データ自体がすべて消えてなくなっているのでは?
なぜなら、残そうとするなら必ずコストがかかるから。
コストをかけてまで100年間、残したいと思う人がどれだけいるか。
また、現在のデジタル媒体というものがこの先100年ももつのか
という素朴な疑問もある。
残しておきたいなら、昔の文明のように
石に彫っておくとか
せめて紙に残すとか。
とは言えプリンタのインクはかなり心もとないが・・。
・・・と考えると、
過去に存在していたにも関わらず
記録を残せなかった、もしくは残そうとしたものの
それらの記録が途中で消えてなくなってしまった文明も
あったのでは。
いまから31年前の1994年にフォーライフレコードからデビューした沖縄出身の女性シンガーがいた。
沖縄県北部・今帰仁村出身のSINON(紫音 / シノン)。
手元に彼女のデビューCD、そして1998年に発売したと思われるCDシングルがある。




この2枚とも見本品だが、なぜ見本品かというと、当時自分がSINONのバックバンド=ライブサポートをやっていたため、関係者からいただいたものだと思われる。
1994年の沖縄というと、NHKのちゅらさん(2001年〜)はまだ放送されておらず、爆発的な沖縄ブームも起きていなかった時代。
そんな頃に沖縄の二十歳の女の子がメジャーデビュー、しかもフォーライフレコードからというのは、いま考えても相当すごいことだ。
当時、自分は「パーフェクトワールド」というバンド(※)でインディーズデビューして活動していたのだけど、SINONが沖縄県内でライブする際は、パーフェクトワールドがバックバンドを務めていた。
※「Stay with me」という曲で大ヒットしたバンド、アイランドのギターTommy、キーボード新川雅啓、ドラム當間嗣篤がアイランドを脱退し、そこに自分がベースで参加して新しく作られたバンド。
シノンとはあちこちでライブしたけど、どこで演奏したかあまりよく覚えていない。
ピースフルラブロックフェスティバルとか、沖縄大学の学園祭、名護市民会館、あと、関西までみんなで行ってテレビ局の音楽イベントに出たのはおぼろげながら記憶にある。
ただ、あの頃はまだスマートフォンもなく、ケータイで写真を撮るという文化もなかった時代なので、記録がいっさい残っていない。
もしかしたらピースフルラブロックフェスティバルに出たときの映像がテレビ局のどこかに眠っているかもしれないけど、見たことはない。
そのあたりはすごく残念。
ちなみにあの当時、石嶺聡子さんもメジャーデビューしたばかりだったと思う。
石嶺聡子さんとシノンは歌のタイプが全然違って、シノンはもう少しロック寄り、かつナチュラルな声質が特徴的で良かった。
実はシノンは学生時代、生徒会長をやっていたと話していた。
だからか、若いながらかなりしっかりしたパーソナリティだったように思う。
話を戻してこのデビューアルバム、非常に良くできている。
ナチュラルさとロックっぽさが絶妙のバランスで同居したサウンド。
ミュージシャンもすごくて、ドラムは小田原豊さん(元レベッカ)、ベースは有賀さん、ギターは佐橋さんという、当時の日本を代表する若手スタジオミュージシャンが勢揃いしていた。彼らによる、生っぽくて骨太の素晴らしい演奏が楽しめる。
曲も良い曲が多いのだけど、特に素晴らしいのは「海の匂いがする」。この曲は本当に良い。鈴木祥子さんの作品。
YouTubeで見つけたので貼り付けたが、このアルバムというかシノンの曲は、SpotifyやApple Musicなどのサブスクリプションサービスではいっさい聴けない。
なのでこのCDは大事にしないと。
シノンはその後、Sprayという3人のユニットで再デビューしたが、その頃から彼女とは一度も会っていない。
沖縄にいるのだろうか。
いまどこにいるとしても、あの当時のように元気で自分らしく暮らしていてほしい。
自分は株はやってないんですが、
結局のところ、
本気で株で儲けようと思ったら、
軍需産業とか
ワクチン系とか
税金逃れしまくっている
グローバル企業とかの
株を買うしかないんじゃないか
と思うんだけど
違うんでしょうか。
那覇市の市議会議員である女性が、市議会の最終本会議を欠席し、日本武道館で行われる息子の初ライブを観に行った。
それが沖縄タイムスに取り上げられ、ニュースになっている。
確かに自分の息子が日本武道館でライブを行うとなれば、それは当然観に行きたいはず。
また、その息子氏はハンディを抱えて生まれてきてたということで、
母親としては、息子の晴れ舞台を観に行きたい思いは人一倍強かったであろうことは容易に想像できる。
Facebookには市議本人による長文の説明も掲載され、市議を応援する人たちの「母親なんだから当然だ」というコメントも多数。
ただ、私が思うに、この市議は決定的な判断ミスをしてしまったと思う。
市民に思いを託された市議という役割を捨て、個人の欲を優先してしまった。
そこにどんな理由があろうとも、公を犠牲にして自身の欲を満たすことを優先してしまったことに変わりはない。
私としては、このことが息子氏のこれからの活動にネガティブな影響を及ぼしてしまうのではないか、
それが一番心配だ。
例えば、この武道館公演が一生で一度きりであるなら、それはどんなことがあってでも行くべき(かも)しれない。
ただ、息子氏は「これから」の人だ。
これからどんどん活動していくべき人であり、例えば毎年武道館公演をやるという野望もあったかもしれない。
そんなとき、母親の今回の行動のことが、ネガティブな意味合いでついて回るのではないか。
それが一番心配だ。
逆に、もし仮に今回、母親が子どものコンサートを観に行くのを我慢して、
自分の仕事である最終本会議に出席していたらどうなっていただろう?
私的なことよりも自分の仕事、公の利益を優先する素晴らしい市議として、逆に賞賛されたのではないか?
そしてさらに支援者が増えたのではないか?
そんな気がする。
アーティストというのはなかなかシビアな職業で、
家族の結婚式に出られないとか、自分の子どもが生まれるときに病院に行けないとか、親が亡くなるときに一緒にいられないとか、そういうことは多々ある。
それがプロというものだったりする。
今回は母親のスケジュールと自分のコンサート日程をうまく調整できなかったわけだが、そういうときはきっぱりあきらめるしかないと思う。お互いプロとして。
また、もっと言うと、、息子氏は母親に今回の自分のライブを見せたかったのだろうか。
こんなことをいうとアレだが、子どもというのは案外、親に自分の活動を見られるのをこっぱずかしく感じたりする。
まぁ自分は武道館で演奏したことがないし、息子氏の気持ちは正直わからないが、
母親に観てほしいという気持ちが実際どれだけ強かったかはちょっとハテナだ。
もっと言えば、自分だったら「仕事があるなら仕事を優先してほしい」と母親に言うんじゃないか。
いくら初の武道館公演でも、「仕事をほったらかしてでも観に来てほしい」とは思わないはずだが・・。
音楽の仕事をする者にとって示唆に富んだニュースだった。
かなりのボリュームですが、無料で全部読めますのでぜひ。